【最優秀賞】 知見治(福井県)
■水上勉作品: 「雁帰る」(徳間書店)
■撮影場所: 名田庄小倉 南川水流
■撮影日時: 2013年7月下旬
■水上作品との関連:
関西を襲った大暴風雨が若狭湾に抜けたのは昭和28年の9月のことである。(略)祖母が弟の背中に負われて土蔵に待避する時に「80年も見たことのない大水じゃ」といったことばがあたっていたといえよう。
■コメント:
台風13号の時、私はまだ1歳。しかしこの当時のことは若狭人にとって忘れられないことだと思う。佐分利川同様、南川でも何箇所も決壊して多くの死者も出たという……。今は美しい光景の南川であるが、一旦荒れ狂うと田畑は泥に埋まり、家屋や人命まで奪い去ってしまう。古里の川は、昔も今も、誰にとっても常に変わらない静かな姿であってほしい。
【優秀賞】 堀川恭司(福井県)
■水上勉作品: 「櫻守」(新潮社)
■撮影場所: 岐阜県高山市荘川町
■撮影日時: 2014年5月2日 19:18
■水上作品との関連:
「湖水は両側の山影をうかべ、ちりめん皺をたてて鏡のように凪いでいた。二本の桜は、新しい枝を張って芽ぶいた若葉のあいまからうす桃色の美しい花をのぞかせて、春風にゆれていた。この桜の根もとには、時折弁当をひろげて夕方まで動かない老夫婦の姿があった」
■コメント:
私は桜が好きです。水上先生も桜が好きだと思われる作品の中の描写がたくさんあります。特に好きな作品として、いろんな場所のいろんな桜の名前が出てくる「櫻守」が大好きな作品です。特に、天下の大移植(作品の中では、「世界植林史上、稀有の移植」と表現)と言われた荘川桜の移植の様子を描写された部分は、非常に興味をもって拝見させていただくことが出来ました。
【優秀賞】 石川繭(香川県)
■水上勉作品: 「五番町夕霧楼」(筑摩書房)
■撮影場所: 京都府伊根町
■撮影日時: 2014年6月28日
■水上作品との関連:
丹後半島の突端、経が岬付近の海岸線「樽泊」は、この辺りが片桐夕子の出発と終わりを過ごす故郷である架空の村であるが、この一帯の村落はどこも段々畑と急勾配の狭い土地に建てられた木造家屋で、本作誕生から52年経過した今も、当時の寂しさを残し、その思いをはせながら撮影した。
■コメント:
丹後半島の経が岬より東側を奥伊根と呼び、小さな入江に数軒の漁村が今も点在し、海と共に生活を営んでいる様子がうかがえる。この半島の特徴ある噴火岩で出来た、黒くてゴツゴツした石ばかりの「ごろた浜(大きな石の浜)」は、より丹後の素朴さと自然の美、強さを強調している。まるで櫟田正順のようである。また、そんな浜を包み込む柔らかな波、澄んだ青海は、片桐夕子の姿を連想し、二人の胸の内をこの夕日に込めて鎮めてあげたいと感じた。
【町長賞】 藤塚有紀(石川県)
■水上勉作品: 「ブンナよ、木からおりてこい」(新潮文庫)
■撮影場所: 石川県能美市蟹淵
■撮影日時: 2014年6月11日
■水上作品との関連:
「木のぼりのじょうずなことは、かえる仲間の身を守るたすけになりました。いちばんこわいのはへびですが、ブンナは、ときどき沼へそのへびがきて、土がえるや沼がえるをおいかけるのみると、だれよりも先に木にのぼってへびのきたことをしらせました」
沼の木にのぼってみはっているかえるが何かいいたそうにしているので、この写真を選びました。
■コメント:
「ブンナよ、木からおりてこい」の作品は、カエルや百舌や小雀など生きものの気持になって書かれていますが、人間はこの生物たちの言葉がわからないけれども、もし話せるとしたら、こんなふうに考え、話しているのだろうと本当に思いながら読みました。ブンナのような何か今にもしゃべり出しそうなカエルが沼の木にあがっていましたので、とりました。本のように、このカエルも高い所からへびがこないか見ているのかもしれないと思いました。
【入選】 氏家宗雄(福井県)
■水上勉作品: 「故郷」(集英社文庫)
■撮影場所: 青戸大橋(福井県おおい町)
■撮影日時: 2011年8月7日 5:26
■水上作品との関連:
1章 冬の浦 P.13
「『海がきれいでしょ。西陽が山にかくれる前はいつも、こうして、赤い色にそまるんだよ。あっちに見える船はイカ釣り船よ。いまに夜がくると灯がきれいだから』
たつはそんなことを言いおいて外へ走り出した」
■コメント:
日の出に向かって、一直線にエンジン音をけたたましく波を立てながら静寂な青戸の入江を漁船が胸を膨らませ漁に出ていきます。
釣船を貸し切り、子供の夏休みに家族揃ってキス釣りに出かけたことが、なつかしく思い出されます。
撮影後、朝の始まりに感謝を込めて神頼みをお願い致しました。
【入選】 杉谷孝博(京都府)
■水上勉作品: 「五番町夕霧楼」(筑摩書房)
■撮影場所: 京都府伊根町泊付近
■撮影日時: 2014年6月28日
■水上作品との関連:
本編主人公、片桐夕子と櫟田正順の故郷であり、また、物語の幕開けと幕引きの「樽泊」に撮影場所を選ぶ。ただし、「樽泊」は架空の村名ではあるので、「浦入、本庄、野室、津母を経て、樽泊へ立ちよった便船」という原文から推測し、「泊」という村落へ行ってみた。到着後、さらに本文の情景とあたりの風景を照らし合わせると、「小泊」という地にたどりついた。
■コメント:
丹後半島の海岸線は今でもひっそりと、切り立つ岸壁に階段のごとく田畑が作られ、村落もまた、そこにある。場所のよさそうな入江には、舟屋や桟橋が設けられ、この物語の昭和初期~中期には実際に宮津から丹後半島にかけ、順々に各小港に立ち寄る定期航路があったという。泊の村にあるこの船引場あたりが波止場と思われ、当時の風景をそのままに、片桐夕子の面影を感じずにはいられない。
【入選】 石津義雄(福岡県)
■水上勉作品: 「死の流域」(角川文庫)
■撮影場所: 福岡県田川市
■撮影日時: 2014年2月23日
■水上作品との関連:
「北九州の英彦山から流れる遠賀川は、いくつもの岐流をあつめて、黒いボタ山と、灰いろの鉱害田圃のつづく小平野を縫い、いわゆる筑豊炭田地帯の都市や山野をゆっくり眺めながら、玄海灘にそそいでいた」
「岩田はふりむきもせずにいった。『この町の下は穴だらけだよ。会社は古洞図をどこかに失ったといって、放ったらかしたまま閉山した。おそらく、古洞と盗掘の穴が、蜘蛛の巣のように錯綜している志能川では、やがて、また、おそろしい陥没事故が起きるかもしれない。そのような恐ろしい地下を知っていて、ツルハシを持たせて、もぐりこませていた会社も会社だ。死んだ浅野口の五十九人……いや、五十八人のことを思うと、これは天災じゃない。たしかに人災だ。まったく、志能川は死の流域だ』」
■コメント:
50年前、筑豊炭田と言われる場所で長く続いた石炭産業が政府の政策で石炭合理化が進み資源枯渇も重なって勢いが減速したころ、坑内で落盤事故が発生し、58名の鉱員が生き埋めとなる。この大事故のさなか、別の殺人事件が発生する。この捜査に福岡県警の警察官が関わり、犯人捜しを始める。という筋書きでお話は始まる。そして今は縦坑櫓から聞こえていたエンドレスの巻き上げ音も炭住の賑やかさも大煙突の煙も消え、いくつもあったボタ山も削り取られ、公園となり石炭記念館が建てられた。ここの小高い丘には、炭坑で犠牲になった日本人、中国や朝鮮半島から徴用や強制連行されて来て犠牲になった方々の供養塔・慰霊碑が建てられている。この筑豊炭田での犠牲者は58人ではなく、推定2万人が犠牲になったと碑に彫られていた。まさにここは水上先生が書かれた「死の流域」であることを実感した。この地に立ってみると、昔の面影はない。あるのは遺産の櫓と煙突と墓地のような静けさだけであった。
【入選】 千秋清治(福井県)
■水上勉作品: 「越前戦国紀行」(平凡社)
■撮影場所: 勝山市平泉寺町
■撮影日時: 2014年7月26日
■水上作品との関連:
平泉寺は白山神社とよばれた神社であって、大杉の茂った深山幽谷へのぼってゆく石の参道です。
■コメント:
戦国の世に権力と結びついて一向一揆に焼き滅ぼされたことなど記され、戦国史の平泉寺白山神社、福井北庄城、一乗谷戦など歴史を学べる本でした。
【入選】 髙木健治(愛知県)
■水上勉作品: 「越前竹人形」(中央公論社)
■撮影場所: 京都洛西
■撮影日時: 2014年6月23日
■水上作品との関連:
物語全体において著わされた玉枝は、密かな美しさを示す竹林の精に模せられていることから。
特に記述個所を限定することが必要とされる場合、
「鮫島はこのような美しい藪に入ったことはなかった」との記載。美術工芸商の鮫島が、喜助宅を訪ねた時に、玉枝を見て美しい竹人形に重ね、また遊郭近く京都洛西の竹林をも、共にこれを玉枝に原想を求めている。
■コメント:
玉枝の境遇に同情した喜助と、喜助の心情に打たれた玉枝を中心に物語が展開する情景は、遊郭の遊女であった玉枝が過ごした京都の竹林を背景に想い描かせるものである。
うす暗い竹林に木漏れ日がさしこむ如くに玉枝の美しさが喜助の心を清く慰め、また竹林の揺れて響く涼やかな音は喜助の求める愛に玉枝が応える声となる。
玉枝は、竹林の精のように思えてならない。
これを彷彿とさせる美しい藪を探し京都洛西に撮影地を求めた。
【入選】 石庭孫義(滋賀県)
■水上勉作品: 「櫻守」(新潮社)
■撮影場所: 高島市マキノ町海津字清水の共同墓地
■撮影日時: 2014年4月3日
■水上作品との関連:
マキノ町海津から敦賀へ向う国道161号線を外れた旧七里半街道沿いに巨木のアズマヒガン桜があり、見事な花を咲かせています。
小説には、この桜の下に眠ることを夢見て、戦地で戦われたのであろう兵隊さんの墓石が取り囲んでいる。主人公の弥吉は何度もこの桜を訪ねた。枝一本も損傷していない木を見て、霊木として慈しんで育てた巨桜もあるんだと感心し、自らも手入れをしてきた。この桜に魅せられた弥吉は、末期癌の手術を前に「この桜の下に葬って欲しい」と妻に遺言し、この地に埋葬された、とあります。
■コメント:
水上先生は小説を書かれるとき旅をして歩かれていますが、この海津の地から受ける印象を大切にされたと思います。
海津の共同墓地に咲く巨桜は、村人の手で大切に守られてきたことに感心され、桜を愛し桜を守り育てることに情熱を傾け、尽くした植木屋の庭師「弥吉」を小説の主人公とし、「弥吉」の生き様を描かれたと思います。
巨桜のアズマヒガン桜は県内最大級の古木で、花びらが赤みを帯びる四分咲き位が見頃であると聞き、冬の名残りのある海津字清水の地でこの樹を撮りました。地元の人は「清水の桜」、加賀藩の前田候が上洛の際、何度もこの樹を振り返り、美しさを愛でたことから「見返り桜」とも呼び、早咲きのアズマヒガン桜の開花を楽しみにされています。
【入選】 森瀬一馬(福井県)
■水上勉作品: 「日本の風景を歩く 近江・大和」(河出書房新社)
■撮影場所: 大津市堅田(浮御堂)
■撮影日時: 2013年8月
■水上作品との関連:
浮御堂の住職の「訃報をきいて、(略)仏前に詣でた。未亡人に送られて庫裡を出、湖岸のせまる庭を、古松の根をまたぎながら浮御堂へ出、東を遠望した時、吸いこまれる三上山のけしきに我をわすれた」
■コメント:
水上先生の瑞春院時代に通った般若林卒業生の浮御堂住職の仏前に詣でたあとに、浮御堂から見た三上山の風景のくだりと重なる姿に出くわし、切り取ったものです。妻との近江八景めぐりを続ける事が水上先生の作品との出会いが多くあり、楽しんでいます。
【入選】 森瀬一美(福井県)
■水上勉作品: 「湖笛」(毎日新聞社)
■撮影場所: 滋賀県長浜市余呉(余呉湖)
■撮影日時: 2013年11月
■水上作品との関連:
「高次は暗い木立の中を急いだ。(略)南に賤ヶ岳の山波が壁をたてかけたようにそびえているので、遠い琵琶湖はみえない。けれども、湖北の一隅に、沼のようにかくれた小さな余呉湖は、いま、木立のあいまに落した水銀の粒のように灰いろの光りをうかべていた」
■コメント:
戦に敗れた高次が「負けてはならぬ……そして戦は勝たねばならぬ」を胸に越前に向かう途中、余呉湖に反射する光で勇気をもらい北へと向かうシーンを思わせる光景に出合い、レンズを向けてみました。
【入選】 渡辺剛(京都府)
■水上勉作品: 「玉椿物語」(新潮社)
■撮影場所: 福井県小浜市
■撮影日時: 2013年11月18日
■水上作品との関連:
小浜後瀬城主であった武田元明の末路を偲ばせる若狭神宮寺……。「桜の坊以下十二坊の塔頭寺院がある宏大な寺領は、多田ヶ岳のふもとから、根来川の岸まで沿い、古松と楓のしげった谷間に、十二坊のいらかをしずめて、古刹はいま、森閑としていたが、(略)」
■コメント:
東大寺二月堂への「お水送り」の神事で有名な神宮寺。秋には門前や本堂周りの紅葉が見事です。また、裏山の苔むした斜面にそびえ立つ古木群は、歴史と恐れにも似た神聖さを感じさせてくれます。
【入選】 猿橋麻生(福井県)
■水上勉作品: 「地の乳房」(福武書店)
■撮影場所: 京都市右京区京北井戸町
■撮影日時: 2014年4月13日 13:30
■水上作品との関連:
棺が底につくと、
「『なら、土をかけるでよ』
と誰かがいい、スコップで、まわりの土をかけはじめた。祖母の棺の杉板のフタに赤土は高くつもり、まもなく祖母は地底の人になった。祖母は椿の木になった、と愛は思った」
■コメント:
「きばらんせ」(がんばって下さい)、「きょうとい」(京遠い=おそろしい)、「ほえない」(あっけなく、さびしい)……本郷弁で描かれた『地の乳房』、とりわけ上記文章はお気に入り。昭和44年、我々もばあちゃんを「さんまい」と呼ばれる山の平削地に土葬した。時がすぎ、墓の近くに椿の花を見つけると、「ああ、今年もばあちゃんが咲いとらんす」と言ったものである。花は咲いておのれをてらし、わが胸中に火をともす。そっと、そーっと、世をしのぶように。「きばっとんなーるんか。ちゃんと見とるでの」どこかでばあちゃんの声がした。
【入選】 東守(福井県)
■水上勉作品: 「弥陀の舞」(角川文庫)
■撮影場所: 小浜市和多田
■撮影日時: 1974年10月
■水上作品との関連:
「『これが……紙や』
弥平はまるで、宝物のようにして、半分にへった紙の餅を抱いて桶に入れる。その作業ぶりは、倉持の漉き小舎の、誰にも見かけることの出来なかった、憑かれた男のうしろ姿であった。仕事の最中は、弥平は、よけいなことはひと口もしゃべらなかった」
■コメント:
福井の誇る「越前和紙の里」をモチーフとした小説「弥陀の舞」を読み、感動した記憶が昨日のことのようによみがえる。撮影場所は異なるが、ここは若狭和紙の里で、出会った老夫に弥平の後姿を見た。
【入選】 門野進(福井県)
■水上勉作品: 「飢餓海峡」(中央公論社「水上勉全集」6)
■撮影場所: 青森市アスパムより
■撮影日時: 2013年10月7日
■水上作品との関連:
「海峡は荒れていた」で始まるこの小説。嵐の後の津軽海峡を下北半島へ逃げる三名の男。そしてその船中で仲間割れから争いとなって海中へ没した二人。残ったのは主人公「犬飼太吉」こと樽見京一郎。彼は残された大金を持って半島に上陸した。彼ら三人は質屋一家惨殺、放火犯として追われる身となった。残ったのは京一郎ひとり。変転の末、彼はまた北海道へと……。
■コメント:
〔悲しみの津軽海峡〕
作中の「京一郎」の心の様子をそのままに表わしたかのような本日、暗い空に垂れた厚い雲。はるか海峡はぼんやりとしている。作者の心をそのままに表現したような空が広がっていた。
悲しみの連絡船、今は務を終えて港に浮かぶ。
アスパムの階上より眼下にみる港と、はるか彼方の海峡に目をやれば、京一郎の胸中に荒波が立つ。
【入選】 市野三郎(福井県)
■水上勉作品: 「雁の寺」(新潮社)
■撮影場所: 三国 瀧谷寺
■撮影日時: 2014年4月13日 13:30
■水上作品との関連:
「若狭の寺大工の子供が、十歳のとき、母親からはなれてこの寺に小僧にきているのであった。寺大工の家庭の事情は里子にはわからないにしても、よくも、まあ、小さい子をこのような寺へ出したものだと考えざるを得ない。そういえば、慈念のひっこんだ奥眼のどこかに、かなしみに充ちた光りがあふれている日がなかったかと里子は思いかえしてみる」
■コメント:
10歳の時に母親から離されて禅寺に修行に出された。
こんな山門をくぐって慈念が見たもの、感じたものは何だったろうと空想する。
山門の向こうに見える明るい希望か、それとも茫洋たる世界か、小さい子供には不安であったと、おもえる。私には明るい希望より何も見えない不安がおおきかったのではないかと、この場所に立つといつも想像する。