2018年帰雁忌
2018年帰雁忌
平成最後の帰雁忌も、去る十月二十七日、少なくない成果とともに無事終了しました。関係者の一人として、ご協力くださいましたすべての皆さんに改めて御礼申し上げます。
さて、のっけから恐縮ですが、帰雁忌寸景と題して次のような漢詩もどきを作ってみました。
くるま椅子劇場の一角より届きくる妙なる調べ
薄紅葉の木々をぬって時折散見さるる和装の女人
有縁の人士集いて偲ぶ文庫の主
若狭の山野晴天と幻の雁の声をもって一同に和す
くるま椅子劇場のステージの中央に、帰雁忌の主の遺影、その左手には大きな瓶に活けられたもみじ、コスモスを主にした秋の花材、静かなたたずまいと奥行きを感じさせる真竹の林、こうした舞台装置を背景に、午前十時より葉風会の皆さんによる琴の演奏が披露されました。曲目と演奏者についてはそのつど司会者から紹介があり、その分親しみを感じることができてよかったと思いました。小学生から年配の方にも魅了された充実のひとときでした。
また、本館では白玉会の皆さんによるお点前。町内老舗和菓子屋さんの絶品といってよい上用饅頭を口にしたあと、運んでいただいたお茶を一服。素養あってこそさらに味わえるはずのお茶なんでしょうが、それを差し引いても日頃なじみの番茶の世界との違いをはっきり感じながらおいしくいただきました。寸心(=西田幾多郎)の掛軸といくつもの花筒に活けられている石蕗の花。鑑賞力のなさを嘆きつつ、しかし和敬清寂の境地へ誘われるがごときお茶の世界を垣間見せていただきました。帰雁忌の美しき二本柱。葉風会と白玉会の皆さん方にこの場を借りて深甚なる謝意を表させていただきます。
午後に入り、くるま椅子劇場では、渡辺均一滴の里理事長の帰雁忌開会挨拶が行われ、引きつづき水上家の親族の方々の紹介がされました。昨年までは風景写真展の入賞者の表彰式と、その作品をスクリーンで見ながら審査委員長の講評に聞きいるという一幕があったのですが、諸般の事情で本年は風景写真展をお休みし、過去八回行われた風景写真展の入賞作品二十四点を劇場ホワイエに展示するという趣向になっています。
開会挨拶と来賓紹介のあと舞台は暗転、若州人形座による朗読劇が始まりました。出演者はお二人。チリンチリンと鳴らされる楽器の名称は知らないのですが、その音で始まりと終わりを告げながら、水上作品『続・閑話一滴』のうちから六話が上演されました。朗読と銘打たれているとはいうものの、演じているお二人はプロ。ここというところでは感情をこめるだけでなく身体を使っての表現もあり、こういう形式の演劇もあるのかと、その幅の広さと多様性を見せつけられた思いのした五十分でした。
いったん休憩のあと、本年は「水上勉から現代の少年少女へのメッセージ」と題してのシンポジウムが開始されました。若狭図書学習センターの渡辺力さんが司会、進行、あわせてご自身担当の作品の解説と一人何役もこなされながら一時間近い時間をまとめあげてくださいました。同席した三人のうち二人は当一滴文庫の学芸員、一人は一滴の里理事と身内でかためた感ありで、出席いただいた皆さんには申し訳なかったとの思いがあります。なお、このレポートを担当している私自身その一人でしたので、シンポジウムに対するコメントは省かせていただき、『ブンナよ、木からおりてこい』の第十章を見事に朗読してくださった大飯中学校三年の阪田祐佳子さん、植松珠玖さん、寺戸琴海さんの名前とシンポジウムでとりあげられた作品名を列記するにとどめたいと思います。『働くことと生きること』(渡辺)、『椎の木の暦』(時岡)、『拝啓池田総理大臣殿』(下森)、『山の暮れに』(渡辺)、『ブンナよ、木からおりてこい』(中西)。かっこ内は担当者です。
少し前の天気予報では、十月二十七日は半日が雨ということでしたので心配だったのですが、当日は晴れ、何よりでした。文庫内をウロウロしていたとき、顔見知りの方と何人も会え挨拶がてらの話もかわすことができ、こうした機会のもつ意義を再確認しました。「これまでとは様変わりしたけど、企画もよかったし、落ち着いた帰雁忌だったんじゃない」。ある人のふともらされた感想。この一言をもって粗雑なレポートの締めくくりとさせていただきます。
中西 則雄