水上先生を偲んで

NPOから「雁 帰る」

この9月8日の早朝、若狭の生んだ偉大な作家、水上勉氏が逝去されました。氏は当文庫の創設者であります。訃報が届いたときの文庫事務局の驚愕はたいへんなものでした。その後、各方面からの問い合わせの応対で正直なところ悲しんでいる間もないという状況でした。

その晩、急遽、NPO理事会を招集し、とにもかくにも信州へ、先生のもとへ行かなければということで、渡辺淳さん、事務局長の西村と私の3人が信州の勘六山房へ向けて車を飛ばした次第です。

翌9日早朝、勘六山房に到着。棺に横たわる先生と対面。とても安らかなお顔でした。臨終も苦しむことなく旅立たれたということでした。先生がご遺骨となられた今、ようやくしみじみとした感慨が湧き上がってきています。

一滴文庫の閉塞状況の打開を念頭にNPO法人を設立しようとしていた私たちが、文庫管理者である水上蕗子さんを一滴文庫に訪ねたのは、平成13年4月23日のことです。NPO法人の拠点として一滴文庫を活用させていただきたいという私たちの想いを聞いて頂きました。その後、先生にはメールでお伝えしたところ、非常に喜んでいただき、同年5月7日、私たちは13名のメンバーでNPO設立のための勉強会を、一滴文庫でスタートいたしました。

「16日には文庫に行きたいと思います。12日から京都で待機しています。雨になるかも知れませんが是非その節はお会いしたいと楽しみにしています。NPOの誕生は夢ではないかと思っています。世の中に15年経たぬと、つかってもらえないものもあるのですね。」このメールを先生からいただき、5月16日の夜、一滴文庫六角堂に先生をお迎えしたとき、メンバー一同大歓喜したことは忘れられません。その後、先生からのお誘いのメールを受けて、6月8日、メンバー3名が信州の勘六山房を訪問いたしました。先生と夕飯を一緒にいただきながら、一滴文庫の将来についてゆっくりとお話をすることが出来ました。

メンバーから先生に、「このままでは財源の確保が難しいので、私たちがNPOを設立して、文庫の運営を行うという前提条件が成り立つなら、文庫を町に移管していただけますか。」と質問したところ、即座に「いいでしょう。そういうことなら存分にお使い下さい。」との快諾をいただいたときの先生の笑顔も忘れられません。

「有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)に帰る一休(ひとやすみ)雨降らば降れ風吹かば吹け」先生が力を注がれた一休禅師の句ですが、この句と先生の生涯を思うと、幾たびもの激しい風雨に遭いながらも懸命に翼を羽ばたかせて飛んでいく雁の姿が思い浮かぶのです。その雁も今、無漏の世界に帰ったのだな、つかれた翼をようやく休めることが出来たのだなという想いが、不思議に胸の底のほうにすとんと落ちてくるのです。もうしばらくすれば、先生が好んで使われた「在所」この若狭へ、ご遺骨が、一部かも知れませんが、帰って来ることでしょう。そのときが本当の「帰雁」といえるのかも知れません。いずれ、雁は帰る、帰ったのだということを、今、実感として感じているところです。

私たち一滴の里としましても、この文庫で先生をしのぶ催しを行いたいと思っています。その際は、皆様にも先生の在りし日のことをおおいに語ってくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

平成16年9月10日
NPO法人一滴の里 五十嵐 信治

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