いよいよ25年度の幕開けです

2013年4月1日

 24年度も慌ただしく過ぎ去っていってしまいました。今日から心機一転で新年度をスタートです。そんな新年度一発目のお客様は北海道からお越しの方でした。当館と北海道とのつながりについて少し話しをさせていただいたら、笑顔で「世の中の『縁』というものは面白いね!」と好反応が帰ってきました。
 そんな幸先の良いスタートをきった文庫の新年度ですが、過ぎ去った月日をカレンダーとともに見ていると何とも不思議な気分になります。暦の上では新年度ですが、昨日と今日では何が違うのか?そんな大きな変化があるのかな?などと考えてしまいます。もちろん会計上の問題や人的な移動の節目に当たることなど、大いに変化はあるのでしょうが、一端疑問が湧き上がるとやらなければならない新年度の処理そっちのけで思考は在らぬ方向へ流れていきます。
 そもそも『暦』とは、政治的な権力者のみが作ること(を指示できた)ができるものですから、太陽や月の満ち欠けに伴い一定の規則に基づくものという大前提はもちろんありますが、政治的な策謀や自己顕示欲が見え隠れしているのは周知の事実でしょう。しかし、世界的(ヨーロッパ)な年度の切り替えは9月が多いというのに、日本では4月…「これはなかなかいい時期を選んでいるな」と内心ほくそ笑んでいるのに、世界的な基準に合わせて9月に入学や卒業を持ってくる大学等が出てきているとか…。ここでも世界的なグローバル化の波が押し寄せてきています。残念ですね。4月に年度が入れ替わることには、もちろん深い意味合いもありますし、日本では日本の風土や思想に合わせた暦の表示も多いし(もちろん過去には太陰暦から太陽暦への移行もありましたが)、これも文化の一端なので、できればそのままでいて欲しい(今のところ大学の入学関連ぐらいで留まっているんでしょうか?)ものです。モノゴトの均質化というのは、ある一面では物凄く素晴らしいことですが、別の一面からみると個の消失でしかないんですが…。皆さんはどのように考えますか?ご意見ドシドシお待ちしています。(S)

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