おおい町名田庄切明(キリアケ)

2008年1月23日

先日、おおい町名田庄図書館に用事があり、近道の石山峠を越えて行ってきました。途中に「おおい町名田庄切明」と標識がありました。同伴してくださった画家の渡邉淳氏が、水上勉先生の書かれた作品「おもんの谷」※は、この切明地区が舞台となった作品で、装画を手がけたときの思い出を話してくださいました。写真は当時三軒あった民家跡です。近くにお地蔵様が立っていました。

作品によれば、当時この峠には製材所があり、太い鉄のロープが切明山へとつながっていて、鉄籠が長い材木を載せ、谷を越えて空中を行き来していたそうです。浜の村から魚売りのおもんさんが焼き鯖などを売りに、この鉄索の空籠に乗って飯場へ来る際に落ちて亡くなったというお話でした。水上先生は、このおもんさんは自分の村にも魚を売り歩いていた人で、亡くなったことをお母さんから届いたハガキで知ったと綴られています。

あちこちに、水上作品となった逸話がある事を知り、普段なら見過ごしてしまう場所もまじましと見入ってしまいました。(T)

※ 所収「おもんの谷」
『鳩よ』(昭和54年8月31日角川書店刊)
『旅の小説集 水上勉紀行文集第七巻』(昭和58年12月12日平凡社刊)

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