薔薇の名前

2013年4月15日

 本日は天気もよく、ポカポカ陽気に誘われて不意に事務室から外に出てみると、各花の名札が目に飛び込んできました。アンネのバラやマユミ、サンシュユなどなど文庫内の至る所に名札が付けられています。こんな名札をみると、そういえば花一つ一つ、草一つ一つ、木一本一本に至るまでちゃんと名前がついていることに気が付きます。逆に、この世の中には名前の無いものなんないかのようです。そういえば、自分の認識しているこの世界で、名前の付いてないものは思い付かないですね。そうです。名前を付けるということは、そのモノの存在を認識するということなんですね。例えば、アンネのバラ!これは、ただのバラではないですよ。アンネフランクと関係があるばらですよ。ということでしょうか?ここで薔薇という科目のなかで、さらに分類が入り、他のバラと区別されることになりました。
 神は、最初に光を作り、これを光と名付けた。これにより光と闇を分類したんですね。旧約聖書(この辺はあまり詳しくないので、間違っていたら、ごめんなさい)の一文ですが、神様の最初の仕事は光と闇を分類して名前を付けることだったんですね。
 さて、ここでへそ曲がりな小生の思考は、またあらぬ方向に(どれだけ毎日毎日脱線しているんでしょうか。不真面目職員の典型ですね。)!じゃあ、名前の付いていないものを探してやろうと、また一日無駄な思考の迷路に足を踏み入れてしまってました(忙しい一日だったのに、心ここにあらずという感じでしょうか)。と、そんなこんなで、一つ名前が付いてないのにこの世に確かに存在しているモノを一つ発展してしまいました。それは、赤ちゃんです。当然と言えば当然ですが。よく生まれる前から命名されている場面はドラマなどで見かけますが、生まれてからもまだ考え中で決まってないケースもあるはずです。これこそ、名前が付いてないのにそこに存在しているモノ(モノという表現は不適切かもしれませんがご勘弁下さい)です。と、言い切りたいところですが…。そうです、固有名詞としての氏名はついてないかもしれませんが、先ほどから書いているように『赤ちゃん』という名称はすでに与えられているんです。残念ですが、敗北感でいっぱいです。赤ちゃんは、名前を付けられることによって、それまでの赤ちゃんという分類からさらに○○さん家の○○ちゃんと言うふうに、再分類されるんですね。これは、思ったより深い迷宮のようです。実は、この辺の話しはソシュールの記号論(だったかな?)などでも少し書かれていることですが、改めて考えてみるとかなり深い内容ですね。まさか、庭園の名札一つで、こんなに長々と徒然日記を書いてしまうとは思いませんでしたが、皆さんも周りをみて名前のついてないものを探してみてください。そして、もし見つけることができたら、そっと教えて下さい(ヒントです:たぶんこの問いに答えることができる人は、日本語以外の言語に堪能な方だと思います)。よろしくお願いします。
 ちなみに、タイトルにある『薔薇の名前』というのは、実は有名な小説のタイトルです。ウンベルト・エーコという人が書いた小説ですが、これまた読み応えのある作品です。もともとこのエーコさんは学者さん(自分も結構この人の作品は読みました)なので、面白いんですが読み解くには、骨の折れる作品です。(S)