太陽の家

2013年3月3日

 またまた暫くの間、徒然なる作業から遠ざかっておりました。2月の末から調査のために大分県に所在する『社会福祉法人 太陽の家』に出向いておりました。
 「なんで、一滴文庫の学芸員が社会福祉法人になんて用事があるの?」と思った方も多いのではないでしょうか?実は、この太陽の家の名付け親は水上先生なんです。まだ日本にリハビリテーションやバリアフリー、障がい者の雇用に関する法律などの認識がまったくない時代。障がいを背負ったものは家の隅で小さくなって残りの生涯をすごすことが当然の様に考えられていた時代に、別府の中村裕博士によって、人が真に生きている意味を考えるような一大プロジェクトが進められました。それが、障がいを背負った人間にも等しく仕事の機会を提供でき、また社会に再び歩を進めることができるような施設(組織)『太陽の家』です。
 このような考えを聞くと、まるでハイデガーの人生哲学のようだと感じます。ハイデガーの文章を読むと、よく「ダーザイン(現存在)」という単語が目に付きます。それは、まさにそこに存在していることをしっかりと認識し、存在の意味について常に考える人という意味らしいです。人が自分の可能性や存在を真に意識し、障がいを抱えることになっても残された体を活用することによって一般の人と同じように生活を営むことこそ意味ある生といえるのではないだろうか?そんな風にも考えてしまいます。中村博士の伝記である『中村裕伝』を読むと「No charity ,but a 」という一文があり、もしかしたら五体満足な自分に必要な認識は、同情という視点ではなく、何が異なり何が足りないのか、何を補うべきなのかということを知るということなのかもしれません。
 難しい問題なので、これから勉強していかなくてはいけませんが、このような当時としては日本人が認識していない考え(当時の周囲の人からしたら非常識という認識だったようです)を、真に人が生きるためには、という視点から思考した2人の日本人、中村裕先生と水上勉先。その一方に関わり、数十年ぶりにもう一度二人を見つめ直すchanceを頂いたことに感謝し、これからの作業を推進していきたいと考えております。
 ちなみに、約一週間ぶりの文庫での仕事日となった今日ですが、飛び込みの竹紙漉き体験やその他の見学者の方々、また以前に来館して小生と話しをした方からの連絡があったりと、忙しくも嬉しい一日となりました。(S)