トンボの歴史

2012年11月4日

 本日、徒然のネタが園内のどこかに落ちていないかと探してみたものの、発見には至らず…六角堂スタッフさんに「本館の前にトンボがいっぱいいるよ」と声をかけてもらい早速撮影!さて、そこからどのように話を紡ぐか…難しいところです。
 とっ………困った時の無駄な知識。皆さん、トンボが日本の歴史に登場したのはいつからかご存知ですか?有名なのは『古事記』の記述のなかに、雄略天皇の腕にたかった蚊(もしかしたらアブだったかも)をトンボ(秋津or蜻蛉)が喰い殺して、それを見た天皇が「倭の国を秋津(アキヅはトンボの旧名です)島と呼んだ」との記載があり、これは有名ですね。でも、もっと古くからトンボは日本人の生活のなかに欠かすことのできない存在でした。それを証明するモノとは、実は弥生時代の銅鐸(叩くと音が出る青銅の鐘みたいなものです)です。この銅鐸の表面には色々な絵が描かれているものがあるんですが、その中にはトンボの絵がしっかりと書かれているものがあります。トンボは、幼虫の時期には水中の害虫を捕食し、成虫の時代には空中の害虫を捕食することから、稲作地域では古くから益虫として扱われている(民俗事例)と聞いたこともあります。このようなことからも、弥生時代の稲作開始とともに日本の文化風土と共存してきたトンボと日本人の関係をうかがい知る最古(たぶんこれより古い例は無かったと思いますが…)のエピソードと言えるかもしれませんね。
 ふだん何気に飛びまわっているトンボも、ちょっとした小ネタで一日の日記のネタにまで膨らみました。あながち無駄な知識とは言えないかも知れませんね。(S)