認識し、表現(創造)する 芸術

2012年7月16日

 先日の徒然でも紹介されていたように、画家中村正義のドキュメンタリ映画『父をめぐる旅』が、15日にくるま椅子劇場にて上映されました。この映画を見るまでは、「作成時期によって、何て極端な作品を創造する画家だろう」と単純に考えていました。しかし、上映会終了後に、他の参加者の方々と感想や意見の交換をしているうちに、本当に自分たちと同じモノ(世界)が見えていたんだろうか?と疑問を抱くようになってしまいました。いや、ここまでいくと眼の前にあるモノが、他の人から見ても同じモノとして認識されているのだろうか?とさえも考えてしまいます。まるでデカルトの思想世界です。たぶん、こんな風に考えている自分自身だけは確実に存在しているんでしょうね(我思う、ゆえに我あり:コギト・エルゴ・スムだったかな?)。
 そんな物思いに耽っている中、くるま椅子劇場ホワイエにブラブラ足を向けると、第12回「こども絵画展」による、多くの小さな画家たちの絵が眼前に飛び込んできました。先ほどまでと違い、展示中の子供たちの絵にふれると、まだ社会的常識という枠組みに入る前の個々人の生の感性を感じることができ、「きっと他人も自分と同じモノが見えているけど、見え方は人それぞれで、各人の社会的立場や社会習慣(常識)、または存在集団などがモノの認識に色を付けているんだろうな。」との考えに落ち着くことができました。
 ダイコンは白くて、ニンジンはオレンジ。もしかしたら、こんな社会的一般常識とされるものが真実のモノの存在をゆがめているのかもしれませんね。そうやって考えてみると、やっぱり画家の認識力や表現力ってすごいと改めて考えさせられます。(S)